悩みすぎな私の子育てライフ

1歳児と3歳児の子育ての経験を中心に。少しでも誰かの役に立てたら幸いです♪♪

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子供には芸術家になって欲しいとは思わないけど、芸術を愛せるようには絶対なって欲しいって話

3歳児と1歳児の育児中の専業主婦ヒエヒエです。

今実家に帰省しているのですが、実家にたまたま宇多田ヒカルの新アルバム「fantome」があったので、聴いてみました。聴いた感想。

良すぎた

この一言に尽きます。
私、昔から宇多田ヒカルの歌は好きでよく聴いたものですが、最近、昔のような音楽を聴くことに対する熱意がなくなっていたのです。しかし、このアルバムはその昔の熱意を思い起こしてくれるほど良かったです。
しかも、椎名林檎とのコラボ曲があると?!最高すぎるでしょ。私、椎名林檎も大好きなのですけどね。

なんていうか、この二人って真の芸術家ですよね。どうやったらこんな芸術的な才能って培われるのでしょう?
まず、芸術家ってそもそもなんだろう。ってもやもやしたので、悩み過ぎな私は自分なりに考えてみた。

で、考えた結果、芸術家とは

①カタルシス効果の場を提供してくれる忠実な表現者

②記録困難なものを記録できる忠実な表現者

だとまとまった。

それぞれについて詳細を書くと

①カタルシス効果の場を提供してくれる忠実な表現者

まず、カタルシス効果とは

心の内にあるさまざまな不安やイライラ、苦悩や怒り等の感情を言葉にして表現すると、その苦痛が解消され、安堵感や安定感を得ることができます。これを精神分析の用語では、カタルシス効果と呼び、「心の浄化作用」とも表現されます。
出典:カタルシス効果(cathartic effect) - gooヘルスケア

というように説明されています。その心の内にあるもやもやを上手に自分の言葉で表せない場合がありますよね。それを上手に表現してくれたり、代弁してくれたりするのが芸術家だと思うのです。
その表現や代弁の仕方は、文字や、音や、色などを用いた様々な手段があると思います。そしてそれぞれのプロフェッショナルは、文字を用いたら小説家、音を用いたら音楽家、色を用いたら画家というくくりになるのでしょう。

芸術のカタルシス効果の例として、悲しいとき、辛い時にはその自分の心情に近い音楽を聴いたら、自分では表現できなかった気持を代弁してくれている気がしてスッキリするとかでしょうか。失恋したら失恋ソングを聴きたくなるとかも、そのカタルシス効果を求めての行動でしょう。自分の心の闇にマッチする小説を読みたくなるのもそうかもしれません。
名作といわれる小説に暗い内容のものが多いのは、そのような心の救済的な要素が大きいからかもしれませんね。

②記録困難なものを記録できる忠実な表現者

これは、記録するのが難しいのもの、例えば戦争の悲惨さとかでしょうか。
表現や代弁の仕方は①と同じで、代表的なのは絵、音楽、文章だと思います。
例えばピカソの「ゲルニカ」とかぴったりの例だと思います。
当時の戦争の苦しさ、悲惨さ、残酷さを後世に伝えるための「記録」としての芸術だと思います。



と、自分なりに芸術家とは何かについて色々考えてみました。

で、私がもう少し掘り下げて考えてみたいこと、それは

どうやったらそんな芸術家になることが出来るのか

ということ。
私の考えた結論。

どれだけ本人が表現の仕方を探求できるか、それができる環境があるか、その表現の仕方に情熱を注げるか

だと思う。

例えば、絵の場合だと、もう本人が絵を描きまくって、表現の仕方を自分で試行錯誤して追求していくしかないのですね。そしてそんなこと好きでなければできない訳で。そして、そういう絵を描きまくれる環境がないといけない。道具、場所、時間などが山ほど必要だ。正直、環境が1番大きい要因だと思う。
バリバリプロの音楽家の親の子供と、平凡な一般家庭の親の子供とどちらが将来音楽家になる可能性が高いかって話し。もう、スタートから環境に関しては差ができているのですよね。さらに、プロの音楽家ってことは相当音楽が好きなはずです。子供は親が好きなことはよっぽど誤った教え方をしない限り好きになるものです。

でも、平凡な一般家庭の子供が芸術家になる可能性がゼロってこともない訳で。
運命的な芸術作品や芸術家との出会いがその子を芸術家に導く可能性もあると思います。
そしてそのような一般的な家庭の子供が将来芸術家を目指すって言ったら、子供に「そんな成功者はほんの一部の人なのだから、そんなのやめて公務員目指しなさい!」なんて親に反対されるのはよくある話。
まーこういう親の気持ち当然だと思います。芸術関係に進むってなるとリスクが大き過ぎる。表現の仕方を追求し続けなければいけない。とてつもなく時間がかかる。金もかかる。だけど、追求する時期はおそらく無収入、むしろマイナスだろう。しかも自分が追求した結果の芸術でお金を得れる確証もない。例えその芸術作品が素晴らしいものだとしても気づかれない可能性だってあるのです。現に死後に芸術品の価値が認められた芸術家も数多く存在する。そんな芸術に魂を売る覚悟はあるかって話しだ。
かなりの金持ちの家でない限り、こんな金のかかる芸術家という道をすすんで支持する親は果たしているのか。本人も周りも相当な覚悟が必要だ。でも、始めないとスタート地点にも立てない。そして始めたら走り続けなければいけない。これが芸術の世界だ。

ということで、私の子供がもし芸術家になりたいといったら、即反対する。そしてその後の子供の反応を見て、支持するかどうか見極める。まず、その反対を押しのけるぐらいの覚悟が本人にないと話にならないってね。

ということで、芸術家にする環境が全く用意できない我が家は我が子に芸術家になって欲しい!とは全く思わないのです。

でも芸術が理解できる様になって欲しいとは強く思うのです。

芸術が理解できるとは芸術家が用意した「カタルシス効果の場」や「記録」を利用できることだと私は思います。

例えば子供にはピアノを弾けるようにしてあげたい。ピアノは世界中の芸術家達が準備してくれた楽譜で表された「カタルシス効果の場」の選択肢が多いからだ。

そして絵画を見て何かを感じ取れるようになって欲しいとも思っている。絵を見ても何も感じれないなんて悲し過ぎる。

芸術の理解を高めるには、芸術に触れる、そして感じ取るよう意識する、ということをたくさんする以外は無いと思う。

芸術を理解できたら世界が広がる。私はそう強く思っているし信じている。

芸術を愛せるように子供を導きたい。

これは本当に強く思っている。

今回の記事を書いて、今後子供に芸術に触れる機会をたくさん与えてあげたいなと思ったヒエヒエなのでした。



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