悩みすぎな私の子育てライフ

ある主婦の生存軌跡を残すメモ

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5年間で、友人は長年の夢を叶えて人生の絶頂であっけなく死んだって話

はてなブログ5周年ありがとうキャンペーンお題第2弾「5年後の自分へ」
http://blog.hatena.ne.jp/-/campaign/hatenablog-5th-anniversary

 

5年後について考えてみた。

だけど、全く想像できない。

5年前の自分が、今の自分の姿なんて全く想像できないように。

だって5年前の独身の私に5年後は子どもが2人いますよ、なんて言ったら、嘘でしょ?って鼻で笑ってしまう。

 

そして、大学時代に同じ研究室で一緒に泣き笑いをともに過ごした友人がまさか5年後にはこの世にいないなんて。夢にも思わなかった。

その友人は男性で、はっきり言ってそんなに親友ってほどでもなかったけど、とても大変だったけれど、その大変さを吹き飛ばすほど輝いていた大学4年生の研究室時代を一緒に過ごした仲だった。

この大学4年生の時は私にとって、今の夫との出会った人生で特別な1年で、今でもかけがえのない宝物のような1年だ。

その思い出の中には絶対関わってくるのがその友人なのだ。

なぜなら、夜遅くまで卒業論文のため研究室で残っていたのが、私とその友人と先輩(今の夫)の3人だったのだから。

遅くまで残っていたって言っても、結構雑談ばっかりだったのだけど。その3人の夜の時間が私にとっては本当に幸せな時間だったのだ。

そして今でも脳裏にその友人の誰よりも熱心に勉強していた姿が残っている。その友人は公務員試験の勉強に必死だった。はっきり言って研究よりも。そして誰よりも遅くまで残っていたのも彼だ。

その友人の性格は、優等生タイプ、まじめ、努力家。誰から見てもそんな感じ。そして、いい意味でも、悪い意味でも目立たない。いかにも理系男子って見た目。そして意外と調子に乗りやすいことも私は知っている。そして節約家であった。いつも安いパンばかり食事として研究室で食べていて、「そんなのばかり食べてたら早死にするぞ。」って先生にからかわれていたのをはっきりと覚えている。

その友人、実は、私と小、中、高も同じだった。しかも大学の学部学科も同じでさらに4人しかいない同じ研究室仲間にはいるなんて。はっきり言って運命の人レベルだ。しかも同じ研究室にはいるまで一言もしゃべったことがなかったという奇跡。同じクラスには多分何回もなっているのだろうけれど。

しかも私の人生の宝物のような思い出である、大学での1年間の主要登場人物にまでなってしまうなんて。決して親友と呼べる人ではなかったけれど、私の人生に大きく関わったことは間違いない。そんな彼にとってもまた、この研究室時代は人生において特別な1年であったことを私は知っている。なぜなら、彼自身、卒論のために行ったフィールドワークから研究室に帰ってきた時「今までの人生で一番楽しかった。」って目を輝かせながら言っていたのだから。この様子を見て「お前の人生今までどんだけつまらなかったんだよ!」って研究室仲間でからかったものだ。でも実際その時の彼は本当に光り輝いていた。この輝きは当時のみんなが知っている紛れもない事実だ。

そんな彼は、本当に苦しみながら持ち前のまじめ君力を発揮して念願だった公務員試験にみごと合格したのです。

 

 

そして、それぞれの道を歩みだした数年後のある年末。

そんな彼が亡くなったというメールの知らせが久しぶりの帰省時に届いた。私にとって実家から離れた地での子育て中だったというのもあり、とても年末の帰省を楽しみにしていたのだ。そんなルンルン気分だった中での信じれないような内容のメール。

一瞬時が止まった。意味が解らなかった。「○○君が亡くなりました。本当に残念なことです。」という研究室の先生からの悲しいほど短いメールを何回も読み返す。だけど、どうしても頭で理解ができなくて。

のちに詳細が書かれたメールが届く。年末の冬のレジャー中の事故死とのこと。

 

その時頭の中がぐちゃぐちゃになりました。

 

最近、こつこつとしていた貯金が一千万たまったことや、人生で初めての彼女ができて浮かれてるって風の噂できいていたのに。クリスマスに彼女が彼の車に乗り込んでいる様子を見たって私の女友達から聞いて、人生の青春真っただ中だな~ってつい最近噂していたのに。

 

そんな彼が・・・・・死んだ?人ってこんなあっけなく死ぬもの?

 

彼の事故死はヤフーニュースにも取り上げられるほどだった。そして見なくていいのにコメント欄を見てしまった。そこには、予想通り他人事の誹謗中傷が書かれていた。俺らが年末の仕事中に公務員様は優雅にレジャーかよ、ご愁傷さまです(笑)みたいな。いつもなら、ひどいなーぐらいで流せるのに、何だか辛すぎて涙がでてきた。彼の努力を間近で見ていた私にとって、こんなにもショックな死なのに彼らにとってはただのネタレベルという現実があまりにも残酷で。

 

一体、彼の人生何だったんだって。彼は将来のためにこつこつ努力していたことを私は痛いほどよく知っている。公務員になるためにどれほどの時間を費やしたのかも知っている。親よりもきっと知っている。

お金を貯めるのも将来のため。もしかしたら結婚を考え始めていたのかもしれない。

 

本当に訳が分からなくなってしまった。

 

あっけなく死んでしまう人と私のように生きている人って何がどう違うんだ?もう彼の時間は止まってしまった。子どもがいる将来も、マイホームに住む将来も、決して手の届かない儚い幻想になってしまった。お金があれば何でも手に入るって言った人は誰だ?彼の学生時代から貯め続けたお金がいったい何になるというのだ?

本当、大馬鹿ものだよ。研究室時代に私が耳にピアスの穴を開けたのを見て、「親が泣くよ。」とか言っていたのはどこのどいつだ。一番の親不孝者はあなただよ。なんで死んじゃうんだよ。せめてもっとしっかり最後にお話ししたかったよ。ずっと聞きたかった、当時今の夫と付き合っていたことに気付いていたかどうか、いつか聞こうと思っていたのに。何年後かの同窓会で笑い話として話そうとしてたのに。もうどうあがいても一生知ることのできないものになっちゃったよ。もう一生会えなくなっちゃうなんて。少し調子のりとは知っていたけど、レジャー中に死ぬなんて調子に乗り過ぎだよ。全然笑えないよ。まだ安い菓子パンの食べ過ぎで短寿命で死ぬ方が一千倍ぐらいましだよ。おかげで、楽しいはずの年末と年越しを涙と一緒に過ごすことになっちゃったじゃないか。・・・冗談じゃないよ・・・もう本当に誰か嘘だと言ってくれ・・・。

 

その時は彼の死について考えすぎて時々吐きそうな気持ちになっていたけれど、しばらく時がたって落ち着いた今思う。彼は肉体的には死んだけど、ある意味生き続けているんだって。少なくとも私の中では生きている。多分その他多くの人にも。ネット上で気軽にコメントを書いているような、どこかの馬鹿が死んだ程度のレベルの人もいるけど。そんなレベルだってしっかりその人の脳の中に少しは生きているだろう。そして何より、本当に少人数だけど、彼の素晴らしい人生、人柄を知っていて大きな影響を受け続けている人は私を含めいる。

死んだ人は、死んだその時点で終わりではなく、生きている人の人生に影響して生き続けるって書いていたの、村上春樹のノルウェイの森だっけ。

彼はずーっと私の中で生きるし、これからも生きる。現に今だって、時々私の脳内に彼はひょっこり現れては、人生や死生観について色んなことを考えさせてくれる。そしてきっとこの文章を読んだ人にも少しは影響するのだから。ほんの少しだろうけれど。

 

そして5年前にもし戻れるとしたら、彼といつか話そうじゃなくて、彼としっかり一回だけ心から話したい。それだけ。あとは雪にはくれぐれも気を付けろって。これは少し欲張り過ぎか。

 

前置きが長くなりすぎたが、そんなこんなで、5年後の自分へのメッセージなんて何を書けばいいか見当もつかない。自分が絶対生きている保証だってないし。もしかしたら、地球だってないかもしれない。・・・これは飛躍し過ぎか。

 

とりあえず、5年後私の周りの大事な人が笑って生きていますように。って祈るしかないな。この5年間では私は2人の子どもを産んだけど、大事な人が2人死んじゃったからな。あっ、あと一人は私の大好きなじいちゃんです。

 

5年後、私の大事な人達が笑ってこの世に生きていますように。心から願う。

 

 

 

 

 

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