悩みすぎな私の子育てライフ

ある主婦の生存軌跡を残すメモ

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「気にする事」=「弱み」なんだよね

歳取って最近もっとも気になる事。

昔ほど食欲なくなった(涙)

いや、本当に胃が弱っております。

少し前まで、私、暇があるとすぐに甘いものを貪るような、食いしん坊だったのですよ。

ところが、今では甘いものが胃の負担になるからそんなに食べれません。

胃の不調なんて考えたことすらなかった・・・というか、胃に対する意識が無だった。

なのに、最近、胃がすごく自己主張する。

むちゃくちゃ胃の存在感ある。

弱って、やっと胃の労り方を気にするようになったのです。

沢山噛んで食べる。

ゆっくり食べる。

腹八分目にする。

脂っこいものを食べすぎない。

こんな、小学校で習うような当たり前な事を、やっと今実感して大切だと理解したのです。

弱って初めて、気にするようになる。

なんて人間(私?)って愚かなんでしょうね。

私の胃さん・・・今まで労らずに、酷使してすみませんでした。
・・・まぁ、その過去のツケがつもりにつもって今、回ってきたという事でしょうね。

体は若いときから大切にしないといけませんね。

なんか、同じような内容を過去の記事にも書いたような気がするようなしないような。

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あ、この記事か。私は自分の書いたことはすぐに忘れ去っていくので、時々は読み返さないといけませんね・・・。そうしないと、何回も同じようなことを書いてしまうはめに・・・。

まあ、それはさておき、胃について考えていたら、最近読んでいる三木清さんの『人生論ノート』にこんな文があったのを思い出しました。

幸福について考えることはすでに一つの、おそらく最大の、不幸の兆しであるといわれるかもしれない。健全な胃をもっている者が胃の存在を感じないように、幸福である者は幸福について考えないといわれるであろう。

(出典: 三木清『人生論ノート』角川ソフィア文庫 p.18)

胃が弱ってきた今の私にとってはもう、ど直球に訴えてくる文章です。

この記事のタイトルに書いているように「気にする事」=「弱み」なんですよね。きっと。

弱い部分だから気にしないといけない。

弱い部分だから、あれこれといつかガタが来る前に何か対処しなければならない。

だから、今気になっている事があったら、それは今、脆弱な箇所ってことなのでしょうね。

脆い部分は、補強したり、守ったりしないといけませんもの。その為に知識をつけたりして。何とかしようともがいたりするわけですね。

私の場合・・・昔から哲学的なことが気になるのは、私の性格上、はっきりと明確な考え方がないと、生きていけないからかもしれません。

何のために生きるのか・・・何が幸福か・・・そんなある意味考えてもどうしようもない事を考えないと気がすまないのは、私が何でも白黒ハッキリとさせたいめんどくさい性格ゆえでしょう。  

生きるはっきりとした目的がないと生きれない。困ったものです。

不確定な事や状況に「弱い」のでしょうね。

こう考えると、「興味がある事」って「弱い部分」と何か関係しているかもしれませんね。

「自分が体が弱かったから医学に興味をもった」という話も聞いたことがありますし。

少し、話が変わるかもしれませんが、好奇心旺盛っていうのは、向上心があるってことで、今の自分のままじゃ満足できないってことかも。「自分は未熟だ」という前提がないと生じない気質だと思うのです。

弱さを自覚しているからこそ、好奇心旺盛になれるのかも。自分の無知を自覚出来てこそでしょうね。

きっと、興味も関心もなくなった時、向上心はなくなり、成長は止まる。

自分は何もかも知っているという考えの傲慢な大人は、成長が止まった、又は成長を諦めた、放棄した人なのかもしれない。

「自分が無知であること」を知っている人間でい続けることが、いつまでも成長できる事につながる。 

子供のような純粋な好奇心こそが、成長には大事なんだ。

そして、さらなる高みへの成長の為には健全な身体と精神が必須だ。丈夫に育った植物こそが、みずみずしい実をたくさん実らすことができるのだから。

不摂生で身体を弱らせてしまって、そのメンテナンスの為に時間とエネルギーを無駄遣いなんてしている場合ではない。身体を弱らせてはダメだ。精神と身体を母体にして生み出す実の為にこそ、そのエネルギーをなるべく回したい。

「健全なる精神は健全なる肉体に宿る」
とは、なかなか言い得て妙だと思っていたが、なんだか少し「ん?」とも思う。

身体と精神は自転車の車輪みたいで、一つが駄目になると、いくら片方の車輪が何ともなくても、なかなか自由に走り回れない。

より高みへ行きたいのなら、健全な体と精神があってこそだ。万全な状態の自転車があってこそ、行きたい場所へスムーズに行けるのだから。

念のため断っておくが、ここでの「健全な身体」とは「完璧な身体を持っていること」とイコールではない。そうでないと、ヘレンケラーや、スティーヴン・ホーキングについて説明できない。

・・・ということで、私はこれから、不摂生せず、自分の身体を大事にしよう・・・成長のために・・・という話でした。


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