頭の中で考えたことしか形にならない。
考えていないことは決して形にはならない。
ブログの記事だって、ボーっとしてたんじゃ、何にも書けない。
ブログの記事を書く為の「頭の中で考える」時間とエネルギーを費やしてるから、記事が生み出せる。
壮大なストーリーをつくるには、それだけ、そのストーリーをつくる時間とエネルギーが必要なんだ。
だから、すごい大作は、それだけその人の時間とエネルギーをそこに費やしたってこと。
その人の有限で貴重なエネルギーをそこに注ぎ込んだってこと。
そのために、命を削ったってこと。
それは相当な覚悟だよ。
色んなものを犠牲にした上で、全ての作品は生まれる。
そう考えたら、創作活動一本で生きていこうって決断した人は、すっごい覚悟だよ。もう決死の覚悟だね。
その人の生み出した作品は、その人が人生をかけて、頭の中で考え続けていることの表れだ。
ブログだって、その人がどんな事を考え続けているのかの表れだ。
他人から見て、全然興味がなかったり、当たり前だったり、しょーもないことだったとしてもさ、その記事に書いていることを、その記事を書いた人は一生懸命考えていた時間が確かに存在したってこと。
他人がどう思おうが、書く本人は真剣そのものなんだ。自分を晒してまで、形にしたい何かがあった。
そうでなきゃ、何で自分の貴重なエネルギーと時間の多くをそこに費やすだろうか?
他人がそんなふうにして、生み出したものを決して馬鹿になんかしては駄目だ。
この事はしっかり心に刻んでおこうと思う。
誰かが真剣に生み出した作品を、どんなことがあっても貶しては駄目だ。
それは、その人を貶めることに繋がるのだから。
こんな気づきを、ブログで文章を書き続けてきた私は得た。このブログの記事たちを生み出すために、私がどれだけの時間とエネルギーを費やしたか。
自分が実際にやってみて、初めて気づけることは本当に貴重だ。お金で買えるもんじゃない。
自分が実際に経験することで、知れる「重み」がある。
私は、ブログを書くことを通して、文章を生み出すことの「重み」を知れたと思う。
それだけでも、今までブログをやってきてよかったと思うよ。
なんか、こんな言い方だと、もうブログバイバイって感じだけど、まだ書きつづけるよ。きっと。
書くことって楽しいもんね。