悩みすぎな私の子育てライフ

6歳と4歳と1歳の子育て中専業主婦のチャレンジブログ。

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「将来の為に今を我慢する」って呪縛?

「今」と「未来」を天秤にかけることはよくある。

「今」をとるか。
「未来」をとるか。

「今」がよければ「未来」のことなんかどうでもいい。

こんな考えは自暴自棄だ。

いや、本当に?

まあ、内容や時間的スパンにもよるだろうけど。

人間って、何かと「今」と「未来」を天秤にかけて選択する事が多い。


例えば、「健康のために日々の食事内容を気をつけること」とかわかりやすい?

好きなものだけを食べていたいけど、未来のことを考えると、嫌いな野菜も食べないとなぁ〜とか?

今だけを優先すると、未来に痛い目に遭う可能性が高い。

遠い「未来」の為に「今」を犠牲にするんだ!

食べ物も体に良いものしか食べない!

添加物に気をつける!
将来それが原因でなんか病気になるかもしれないし!

目が悪くなったら駄目だからテレビやゲームもしない!

そんな事に時間を費やすぐらいなら将来の為に遊ばずに勉強する!






…って「自分が期待する未来がちゃんとある」ってある程度の確信があるから成り立つ話だよね。

「明日地球が滅びます」なんてもし言われたら、「食品添加物がうんぬん!」なんてだれもそんな事考えない。

そうなったら、色んなものが価値をなくす。

だから、先が短ければ短い程きっと「今」と「未来」の天秤が「今」に大きく傾く。

今までの「未来の為!」という信念が…緊張の糸が緩む。

毎日青汁飲む習慣やーめたっ!てなる。

でもさ、未来のことなんて誰も分からないわけで。

未来がどんな状態でどのぐらいの長さになるかなんて、神のみが知ることだ。

私達はどうにかして未来を信じて、予想して、毎日を積み重ねていくしかない。

私の知っているある実話。 
介護が必要な年をとった父親と同居している娘がいた。

その娘は、「父親の為!父親の為!」と言いながら、嫌がる野菜を食べさせていた。

野菜を食べてもらう為に料理も工夫した。

その老人は好き嫌いが激しく、頑固になかなかその娘の料理を食べなかった。

それを見た娘の子ども(老人からしたら孫)は老人に罵声を浴びせた。

食事の時間が時に修羅場と化した。

その老人の妻は「好きなものを食べさせてやりたい」…と言って、医者から止められている食べ物をこっそり与えた。

それを知った、娘はそれも激しく責めた。

それはそれは悲しい時間だった。

結局、その老人は先は長くなかったのに…。
  

私には今でもどちらが正しかったのか、何が正しいのか、分からない。

ただ、老人本人の意思はあまり尊重されないものだ、ということはぼんやり感じた。

それが、正しいか正しくないかは別として。

「今」より「未来」を重要視する方が体裁がいい世の中だから。

娘も、医者も「未来のため未来のため」っていうんだ。

でもそれは、本当に老人の為?自分の為じゃなく?

「未来のため」に努力してる方が見栄えがいいもの。

ただ、今の世の中「今」を優先させるということに罪悪感がありすぎる気もしないでもない。

違う老人で、「死んでも良いからアンパンをくれ」とねだる老人もいた。

その老人はもう、口から食べ物を摂取できない状態だった。

もちろん、与えたら命に関わる。

だから、いくら頼まれても周りは与えることはできない。

でも、結局その老人は1ヶ月経たないうちに亡くなった。

最後にアンパンが原因で亡くなった方がその老人にとっては本望だったのか?

分からない。 

もしかしたら、その老人にアンパンを買ってきて与えた人がいたら、その人は老人にとっては、神のような存在になったかもしれない。「ありがとう、ありがとう…」と涙を流して喜んだかもしれない。しかし、世間的には与えたら犯罪者扱いだ。

世の中は…理不尽だ。


終わりの時間的スパンなんて誰にもわからない。

でも、「今」と「将来」の天秤の傾きは残りの時間にもかなり依存すると思う。

だから、幼い子どもは大分「将来」に傾く必要がある気がする。子育てしている親の立場からいうと。

これからの輝く未来の為に、何とか色々備えてやりたい!と思うのは親心だ。

親は子供の「未来」にどうしても意識が偏る。

親には「子供を立派に育てる」という責務があるから。

そして、確実に大切である「今」の存在を時に忘れてしまう。「未来」に目を奪われるあまり。

未来は不確実だ。

だけど今は確実に存在しているんだ。

おばあちゃんが孫に沢山お菓子を与えたいのはもしかしたら「今」を充実してあげたい気持ちの表れかもしれない。

おばあちゃんは「今」を重要視しているから、「未来」に気を配らなくてはいけない母親としばしば対立する。

だけど、それは仕方がない事かもしれない。

おばあちゃんにとって、自分も先が短いし、孫と会う回数も少ない。だから今がとてもとても大切なんだ。

その気持ちの表れの一つが「お菓子」を沢山与える事に繋がっているのかもしれない。

それぞれの役割をそれぞれが一生懸命やろうとした結果なのだ。きっと。

「未来」は大切だ。

だけど「今」はそれ以上に大切かもしれない。

そのことを頭の片隅に置いて、これからの子育てを努力しないといけないな、と「未来」に意識が偏りがちな私は思うわけです。

「未来」は大切だ。だけど「今」は確実に大切だ。


賢い「今」を選択できるようになるには知識と経験と予想能力が必要だと思う。

「これ」をしたら「あー」なる。

その「あー」なるの「あー」をしっかり理解して、「これ」と「あー」を正しく天秤にかけて賢く選択していけたらなぁと思う。

そんなの、神のなせる業だと思うけれど。

ちっぽけな私なりに努力したい。

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