一羽のある小鳥がカゴの中で飼われてた。
大事に大事にある女の人に飼われていた。
「とにかく、これだけはやりなさい。私に従いなさい。」
こう言われ続けてカゴの中で色々な事をさせられた。
小鳥は女の人に従った。
従うしかなかった。
何故ならその女の人が小鳥にとって全てだったから。
女の人に従わないと生きていけない。
実際そうだった。
小鳥はカゴの中で女の人が指示する通りに頑張った。
色々な芸当も必死に覚えた。
その芸当の価値もわからないまま。
小鳥は密かにカゴから、そして女の人から解放される事を夢見てた。
自由に憧れていた。
そしてある日、急に女の人はカゴの出口を開けた。
そしてこう言った。
「今日からあなたは外に出てもいいわよ。いや、出なさい。そして私が指示する木の実を取ってカゴに戻ってきなさい。その指示さえ守れば、あとは自由にしなさい。」
小鳥はその日から外に自由に出られるようになった。
そして、女の人は急に小鳥に関心がなくなったように、構わなくなった。その態度はあまりにも極端だった。
これが憧れていた自由?
小鳥は今までずーっと女の人に管理されたカゴの中の世界しかしらなかったのだ。
なのに急に外に出なさいって言われても、外での生き方も手段も何もわからないのだ。
小鳥は外で生きるにはあまりにも弱すぎたのだ。
だけど、小鳥は毎日、女の人に指示される木の実を探しに、外へ出なければならなかった。
それはそれは、想像を絶する程過酷な事だった。
時にはもう少しで死ぬところだった時もあった。
でも、小鳥は何食わぬ顔で女の人の指示通りの木の実を持って帰ったのだ。
弱音を吐いたら、女の人がヒステリックに怒る事を知っていたから。
お利口な、出来のいい、なんでも出来る、従順なかわいい小鳥ちゃん。
そんな虚構の女の人の小鳥へのイメージを守りたかった。いや、壊すわけにはいかなかった。
でも、この強制的な自由は小鳥にとっては過酷過ぎた。
自由って何だ?
この自由は過保護に育てられた小鳥にとって残酷過ぎた。
自由は孤独だ。
自由=依存しない。
自由=依存しないでも生きていける=一人で生きる能力が必要。
そう、一人で生きる能力のないものにとっては自由は恐怖でしかない。
苦痛でしかない。
しかも女の人は「指示する木の実を取ってこい」となお、依存の呪縛をとってはくれない。
小鳥は自由の残酷さと女の人への依存との板挟みに苦しんだ。
苦しみのどんよりとした黒い日々が永遠に続くようだった。
でも小鳥は耐えた。本当にギリギリのところで生き残った。
本当に人知れず死んでもおかしくない状況だったのだ。
そんなある日、孤独に外で木の実を探している時、あるオスの鳥に出会った。
そして一瞬で恋に落ちた。
そしてオスの鳥と過ごすうちに小鳥は女の人に見捨てられることが全く怖くなくなった。
そして、真っ暗に見えた外の世界が急に輝きだした。
この鳥と一緒ならならこの怖い外の世界でも生きれる気がする。
やっと憧れていた自由に手が届きそうな気がした。
小鳥はある日、女の人に言った。
「私はもうこのカゴには帰りません。違う場所で生きます。」
小鳥はもう女の人にヒステリックに怒られたり、見放されたりする事が怖くなくなったのだ。
寧ろ、疑問に思った。
なんで、少し前までこの女の人に嫌われるのがそんなに怖かったのだろう、と。
小鳥はまた女の人が怒ると思った。だめだ、私の言う通りにしなさい、と。
でも、別にそれでも構わなかったのだ。
だけど、予想外に女の人はこう言った。
「そう。あなたは今まで私の言うことは何でもしてくれたものね。好きにおやり」
小鳥はびっくりした。
そしてこの時心から心から女の人に感謝した。
そして、小鳥はオスの鳥と外の世界へ羽ばたいていった。
やっと自由になれる気がする。
小鳥はそう思った。