悩みすぎな私の子育てライフ

4歳と2歳の姉妹の子育て中専業主婦のチャレンジブログ。

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3人目の出産の記憶を絶対に忘れたくない

私の3人目の出産の話し。

3人目の陣痛の時間を過ごしたのは、夜の病院の分娩室だった。

私と2人の助産師さんとすごした静かな時間だった。

他の人はどうかわからないけど、私は自分の世界にはいって自分の内面と向き合って陣痛の時間を過ごすのが好きだ。

しっかりと一人で自分の身体と心に向き合って。

そして、この時間、瞬間をしっかりと噛み締めたい。

私とお腹の赤ちゃんとの最後の時間を。

まだ耐えれる陣痛の間、私は思った。

この瞬間は永遠なんだって。

もちろん永遠じゃないことは知ってる。

でも、私の中ではこの瞬間を永遠にしたいって。

あなたは確かに私のお腹の中にいて、私と一緒だったって。

そして、まさに今出てこようとしている。

この訳の分からない混沌とした、素晴らしい世界に。

色んな苦しいこともあるだろう。

沢山の苦痛を経験するだろう。

でも、それ以上に楽しいことやキラキラしたことが沢山あるはずだ。

いや、私が絶対にそうさせる。

だから、怖がらずに、安心してこの世界に出ておいで。

私が絶対に守ってあげるから。

命をかけてでも守ってみせるから。

・・・なんて、カッコつけた、くさい綺麗事みたいな文を書いてるなぁ・・・って我ながら思うけど、

でも自信を持って言える。

確かにその時私は心から本当にそう思った。

とても強く。はっきりと。

そして、嘘みたいな話し、私は陣痛中、幸せを噛み締めて泣いていた。

だれも見ていない中、涙が溢れた。

怖い、とかじゃなく、幸せで泣いていた。

これから生まれる子がどんな子だなんてわからない。無事に生まれるかどうかも。

でも、まだ生まれる前なのに、陣痛中なのに、私は幸せで、嬉しくて泣いていた。

今までの出産で初めての経験だった。

陣痛中に幸せで泣くなんて。嘘でしょ?って。

でも確かに幸せで泣いていた。

そう、本当に幸せを感じていたんだ。

この瞬間を無事に迎えることができて、なんて幸せなんだろうって。

今までの私の妊婦生活を支えてくれた沢山の愛を振り返ったら、感謝の気持ちでいっぱいになり、涙がじわじわ出てきて流れ落ちた。

つわり地獄の日々。
寝苦しい日々。
体調に関わらず続く子育ての日々。

そんな日々をくぐり抜けてやっと無事にたどり着いた今。

ここにたどり着くまでに、どれだけの周りのサポートがあったか。

本当に計り知れない。

陣痛がきた私を車に乗せて病院まで連れてきてくれたお母さんの最後に別れた姿がまだ脳裏に焼きついている。

私は立ち会いなしで一人で産むことを希望した。

それが私のスタンス。

だからお母さんには帰ってもらった。

その最後の分娩室での別れ際。

確かにお母さんは神に祈っていた。

声に出して祈っていた。

私は別にキリスト教でもなんでもないのだけれども

その姿が美しすぎて涙が出た。

人が心から祈る姿ってこんなに美しいんだって。

私は正直神さまとか、イエス・キリストとか、仏陀とかへの強い信仰心とは無縁の人間だけど、

真剣に強い信仰をもって祈る姿の美しさは本物だとおもった。

真の美しさだと。

その不思議なパワーは確かに私に強く届いたのだから。

そんな、母の姿が脳裏に焼き付いて離れないなか、陣痛は強烈な痛みを増してきて・・・

正直、やっぱり私は弱い弱い人間だから、その強烈な痛みには全然耐えれなくて、

私は陣痛と陣痛の間の時間が怖くて怖くてたまらなかった。

もうすぐきてしまう強烈な痛みの陣痛の波が怖くて怖くて・・・。

逃げ出せれるものなら逃げ出したかった。

そう、正直、耐えた、と言うよりは、どうしようもなく過ぎ去ったって感じ。

でも、こんな私が、なんとか耐えるために出産時にいつも心で唱えている言葉がある。

それは、

「世の中には想像を絶する苦しさが沢山あり、さらにその先に絶望しか待っていないものが沢山ある。
それに比べれば、出産の苦痛はなんて幸せで、甘っちょろい苦痛なんだ。」

と。

世の中にはテロや戦争、その際の拷問など、想像を絶する苦痛のその先に希望の全くない絶望的な苦痛が存在する。

そんなのに比べたら、私の出産の痛み、苦しみは、なんて幸せなのだろう。

しかも、日本の恵まれた環境の病院で、サポートも十分な中での出産だ。

なんて甘っちょろいのだろう。

幸せな目的があるなんて、出産の痛みはこんなにも幸せな苦痛なのだ。

そして、この出産の痛みを経験しているのは私だけでない。

今も地球のどこかの妊婦さんがこの苦痛を経験している。

そういう意味で、私は全然一人じゃない。

そして、この苦痛を乗り越えれば、やっと、やっとずっと会いたかった私の赤ちゃんに会える。

そう!やっと会えるんだーーー!!

そんなことを考えながら、弱い私は3人目もヒーヒーいいながら、なんとか産んだ。

健康な赤ちゃんを産んだ後は幸せな気持ちしか待っていなかった。本当に幸せなことだった。

そして、不思議なことだけど、赤ちゃんを愛おしく感じると同時に夫にとても愛を感じた。

こんな幸せを与えてくれた、夫という存在がとてつもなく愛おしく思えた。

心から「愛してる」って思った。

普段「愛してる」なんて言うような質じゃないけど。

心から「愛」を感じた。

「愛」なんて曖昧すぎる概念だけど、


「ああ、これが「愛」というものか」


とその瞬間は確信をもって感じれた。

きっと、この瞬間からはなれていくにつれ、また、曖昧なよくわからないものになってしまうのだろうけれど。

「愛」ってなんだっけ?って。

でも、この出産後の瞬間、確かに「愛」がそこにあった。

私は3人目の出産で沢山のステキな記憶をもらった。

でも、その記憶はそのうち、薄れていって忘れていくものだということを知っている。

人間は忘れる生き物。

だけど、忘れることが悪いなんてちっとも思わない。

出産だって、陣痛の痛みを忘れることができなければ、繰り返せない。

忘れるからこそ次に行ける。

いろいろなことを、まったく忘れることができなかったら、きっと生きていけないだろう。

人間は忘れる生き物。

でも、私はこの3人目の出産で得た、ステキな瞬間の記憶の断片の一つ一つを忘れたくない。

人間はほっておくと忘れてしまうものだけれど、

絶対に忘れたくないことだってある。

覚えておきたいことがある。

私が感じたこの瞬間を永遠化したい。

「一瞬の永遠化」こんな思いを強くもって文章を書き続けた宮沢賢治の気持ちが今なら痛いほどわかる。

この瞬間、今をいつまでもいつまでも忘れたくない。

だから、私は今この記憶が薄れないうちに、文章にして残そうとしてる。

私のこんな文章でも、きっと何も残さないでいるよりは、この瞬間を残しておける。

ヘンゼルとグレーテルの落としたパンのように、きっと、この出産の記憶の道しるべになる。

きっと、気づいた時には、3人目のこんな小さな我が子も公園を走り回っているのだろう。

幼稚園に行って、気づいたらあっという間に成長して、口ごたえとかするようになっているのだろう。

今は甘い匂いのする、天使のようなおっぱいを吸う顔や表情なんて、夢幻のように通り過ぎて、忘れてしまうのだろう。

今はこんなにも間近で見つめることができるのに。

ふにゃふにゃの体に触れて抱きしめることができるのに。

脳裏に焼き付けようと思って見つめているのに。

やっぱりきっと忘れてしまう。

いくら写真をとって残しておいても、今感じている髪や肌の感触や、表情の確かな記憶はぼやけて遠くへ遠くへ行ってしまう。

どうしても、どうあがいても、虚しく、薄れて忘れていってしまうんだ。

それはしょうがないってわかってる、だってどんどん子供は成長して、すごいスピードで変化し続けているから。

立ち止まっている暇なんてない。

過去や今にすがりついている暇なんてない。

だからこそ、一瞬一瞬を噛み締めて今をしっかり生きたい。

この思いを忘れないためにも、

この3人目の出産の記憶をここに文章として残しておく。

これからの子育て、きっとしんどい時が沢山あるだろう。

投げ出したくなる時もあるだろう。

そんな時は、私はこの時のキラキラした記憶を思い出したい。

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