悩みすぎな私の子育てライフ

ある主婦の生存軌跡を残すメモ

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一人で生きる能力が低い人程、孤独に対する恐怖心が強いと思った話し

3歳児と1歳児の育児中の専業主婦ヒエヒエです。
今日、独身の女友達と話す機会があって、

「夫の出張中の土日って、外出すると夫婦揃っている家族をみて孤独に感じて、寂しくなるんだよね。」

と私が言うと

「そうなんだ?子供がいるから、寂しくないと思ってた。私は外出先に一人でいる時カップルとかみると、孤独に感じるけどな。子供がいて一人じゃないのに、孤独を感じるんだね。」

って言われて。確かに・・・なんで一人じゃないのに孤独に感じちゃうんだろうって考え込んでしまいました。

でも、確かに孤独を感じる。なぜだ?

そして、その夜久しぶりにおばあちゃんから電話がかかってきて話した。

「もう、おじいさんがぼけてしまって・・・大変なのよ。身体も思うように動かせんしなぁ。私が少しでもおじいさんの側を離れると、怒って怒って。夜は私がズボンを履いたら怒るんよ。素肌で触れていないと嫌だ嫌だって。本当に私が常に側にいないと、寂しがって泣くの。もー赤ちゃんのようになってしもうて・・・。」

私は、この電話での会話で気づいた。

そうか。一人で生きるのに不安が多い程、孤独感を強く感じるんだって。

夫が出張中、私は夫の存在を忘れて強く生きなければいけない!私が子供を守らなければ誰が守る!って自分を強く保っている。

だけど、夫婦揃った家族を見るとどうしても夫の存在を思い出してしまう。夫がいたらどんなに心強いだろう・・・と、夫に依存したい気持ちがでてくる。

きっと、夫なしでも子育てをやっていける自信があるのなら、こんな寂しい気持ちにはならないだろう。

でも、やっぱり私は夫なしでは子育ても不安に感じるほど弱い人間で・・・。

だから、孤独を強く感じてしまうのだと思った。夫に大きく依存しているから。

孤独が恐くない人なんていない。孤独が恐いのは当たり前だ。だって、人間は一人では生きていけない生物だから。孤独になってしまっては生きていけない。だから孤独にならないように孤独に対して恐怖を感じる様にできているのだ。きっと生きる為の本能だ。孤独に何も感じなかったら、子孫すら残せない。だから、私はこの世界の生き物は、全て孤独に対して恐怖を感じるようにできていると思う。
もし、孤独に恐怖を感じない者が存在するとしたら、それはきっと何にも依存せずに独立して生きていける者ぐらいだろう。そんなのこの世を超越した神ぐらいだ。神様が本当にいるとしたら、神様は唯一、この世で孤独に恐怖を感じない存在かもしれない・・・。なんてね。また飛躍し過ぎた。

何はともあれ、孤独に対して恐怖を感じるのは当たり前だ。そして、孤独に対してより恐怖心が強いのは、一人では生きるのが難しい弱い立場の人間だ。

だから、一人では生きていけない、乳幼児や、老人は、孤独に対して恐怖心が強く、甘えん坊だし、寂しがりやだ。なぜなら誰かに頼らないと、依存しないと生きていけないから。

だから、寂しがりやの人(孤独に対して強く恐怖を感じる人)は、一人で生きる能力が低い人、または、自分をそう思っている人の様に思う。孤独を恐い恐い、と思う寂しがりやの人ほど、一人で生きていける自信がない弱い人間なのだ。

だから、子供は産まれてからしばらくは母親に強く依存している。なぜなら依存しないと生きていけない弱い立場だから。でも子供は成長する。歩けるようになる。母乳なしで生きれる様になる。成長するに従って、母親への依存度も弱まる。それは、子供の一人で生きる能力が高まっている証拠だ。子供の親への依存度を徐々に減らしていって、自立できるようにしっかり成長を促しながら、親なしでも強く生きれる様にしてあげるのが親の役目だと思う。

でも時に、子供の親への依存度を減らすべきなのに、敢えて減らさない母親も存在する。

それは親自身が子供なしで生きていく自信がない為、子供にずっと自分に依存させたい気持ちからだと思う。人は何かに依存しなければ生きていけない。だけど、それは自分の子供であるべきでない。なぜなら親への依存の度合いを減らしていかないと、いつまでたっても子供は親なしの生活を送る能力を養えない。それは、子供を親に縛り付けていることに他ならない。巣立ちをさせない鳥が何処にいる?巣立ちさせないと、パートナーすら探せない。
時々いい大人になっても、子供に弁当を作り続けている親がいるけど、なんだか不自然。ひなが成長しても、親鳥が餌を与え続けていたら、そのひなは一生自分で餌を取りに行く能力を養えない。それは子供の為になるのか?

母親はいつまでも子供の世話をできない。いつかは死ぬ。母親が死んだ後、もし、まだ母親に依存していたら子供はどうやって生きたらいいというのだろう。路頭に迷ってしまう。この状況が子供の為と言えるだろうか?私は母親のエゴだと思う。

だからこうならないように、母親も子供に依存しないように、強くならなければならない。子供の人生を母親の人生に縛り付けないように。母親は子供以外の依存先を探すべきなのだ。

私は、自分の子供にはしっかり自立して強く自分の人生を切り開いて生きれるようになって欲しい。

子供を立派に巣立ちさせることを、私の子育ての目的にしたい。

その為には、自分自身も強く生きる能力を身につけなければ・・・と思ったヒエヒエなのでした。


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