フィンセント・ファン・ゴッホのとある名言に出会った。
汽車に乗っていろんな町に行けるなら、何かに乗ってどこかの星に行けるはずだ。
~ゴッホの書簡より~
何て素敵な言葉だろう。
不意に宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』を読んだ時の感覚を想起させた。
そうだ、人間には、きっとゴッホの言わんとするどこかの星に行けることが可能だ。人間の特有の力で。
私はこの言葉をこの言葉単体で知ったので、前後の文の流れを知らないのだけど、とても私を引き付ける輝きをこの言葉は持っている。
そう、何処かの星に行くために、人間は自分自身を一生懸命完成させようとする。
そのために、過去の人間の思考や人生や知識を辿ったり、哲学したり、物思いにふけったり、自然から何かを見出そうとして、得ようと試みるんだ。
普遍的な真理に向けて一生懸命飛んでいこうとするんだ。
・・・
知人に800通程の手紙を送り続けたゴッホ。
そうやって自分の思考や思想を書き残して、誰かに伝えたかったゴッホ。
2000点もの絵画を描いて、生前1枚しか売れなかったらしいゴッホ。
感受性が強すぎるがゆえに、並々ならぬ苦しさを共にして生きたゴッホ。
純粋でまっすぐで、熱くて…それゆえに不器用だったゴッホ。
「絵を描いている時だけが自分を生きている時だ」と言ったゴッホ。
糸杉が好きだったらしいゴッホ。
ひまわりが好きで、黄色が好きだったゴッホ。
日本の浮世絵に感銘を受けたゴッホ。
昼より夜の色彩が美しいと言ったゴッホ。
画家仲間との共同生活を夢見て家を準備したゴッホ。
唯一共同生活をしてくれた画家仲間ゴーギャンとよくケンカしたゴッホ。
時に自分の肉体を傷つけたゴッホ。
精神病院で入院したゴッホ。
37歳という若さで銃で自分の頭を撃ってこの世を去ったゴッホ。
・・・
なんだか、とても人間臭いゴッホが愛おしく感じる。
ゴッホの存在は、私みたいな人間を沢山沢山救っている、勇気づけてくれるのだろうと、直感でわかる。
ゴッホの絵は確かに美しい。
だけどゴッホの絵単体で多くの人の心を揺さぶるんじゃない。
ゴッホの人生を含めて多くの人の心を揺さぶるんだ。
ゴッホの絵はゴッホの人生がセットにあってこそ、まぶしいほど生き生きと輝きだす。
存在しているだけで、何かを救う「存在」がある。
「ゴッホという人間が存在した」それだけで、ある種の人達に、とても大きな希望を与える。人生の知見を与える。勇気づけられる。
ゴッホの名作『ローヌ川の星月夜』
この絵を見ながら、ゴッホがこの絵を描いている時に彼の目の前に広がっていたであろう夜景について思いを馳せる。
ゴッホの目には目の前に広がる星空がどのように映っていたのだろう。
ゴッホは、絵を描くとき周りが見えなくなったらしい。
ゴッホが絵を描いている時、彼は一体どこの世界に行っていたのだろう。
どんな世界を見ていたのだろう。
それは、普遍的な世界なのだろうか。
・・・きっと普遍的な世界だ。人間のなかのどこかに存在する普遍的な世界だ。そうでないと、その世界を描こうと試みたゴッホの絵がこんなに多くの人間の魂に響くはずがない。
私にとってゴッホは…誰よりも熱く強く、まっすぐと、だれも行こうとしないような未踏の地へ行ってその世界を知って、その深い美しさを多くの人に見せようと熱望し、そして夢見た戦士だ。孤独の中を果敢に突き進んだ戦士だ。偉大な冒険者だ。誇り高きチャレンジャーだ。
彼の人生は、苦痛や、苦悩、闇が多く、悲劇的なように映るかもしれないけれど、おそらく…その分、普通の人が知りえない、喜びや快楽、驚くほど眩しい光を知っていたに違いない。
私はそんな彼の人生を、やっぱり美しく思う。
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