悩みすぎな私の子育てライフ

ある主婦の生存軌跡を残すメモ

【スポンサーリンク】

『運動脳』と『暇と退屈の倫理学』は読むべきだと思う。

子どもたちとの夏休みがやっと終わった。

 

そして、自分ひとりの時間ができたらこの夏の自分だけの内省タイムに入りブログにアウトプットしてまとめてみる。

 

それが、ささやかな私の自分で課した夏の宿題である。

 

…にしても、最近ブログから離れすぎて、どんどん自分から思考を文章化する習慣が遠のいてしまっている気がする。そのせいで、自分の思考が文章としてすんなり表現できなくなってしまっている気がする。やはり、何事も習慣的に持続することが成長には不可欠なんだろうなぁ。語彙力も飛ぶように失われていっている気がする。

 

…それはさておき、この夏で自分なりに書き残しておきたい印象に残っている事をまとめておくとする。

 

ジブリ映画『君たちはどう生きるか』

宮崎駿監督最新作品『君たちはどう生きるか』がとても印象的に私の記憶に残っている。

こちらの記事でも感想を書いた↓

 

www.hiekashi.com

 

そう、私にとって「すごくよかった」のだ。

だけど、人に勧めるかどうかってなると、勧める人を絶対に選ぶ。そんな奇妙な映画体験だった。例えば私は自分の夫には絶対に勧めない。それは、自分の夫がこの作品のよさを感じるセンサーを持っていないだろうと何となく直感でわかるからだ。

それは決してその人を馬鹿にしているとか、卑下しているとかではなく、その人独自の「性質」によるってこと。簡単に言うと宮崎駿という「人間性」に近く、「宮崎駿」という人間自身をどこかしら愛している人には刺さるが、そうでない人には全くどうでもいい世界なのだと思う。

例えば、私は宮沢賢治が好きだけれども、そのことを知り合いにやたらに伝えたくもないし、彼の作品を隅々まで理解なんて全くしてないし、そんな理解が絶対必要だとも思わないし、作品の布教活動みたいなこともしたくもない。

『君たちはどう生きるか』もそんな感じで好きなのだと思う。

ただ、「私は好き」これが全てだと思う。

私は『君たちはどう生きるか』という映画をみて、自分と「宮崎駿」との人生(大げさな表現かもしれないが…)をふりかえった。まず、『風の谷のナウシカ』のアニメが最初だったように思う。ナウシカを観たのが映画館だったのかテレビ放送だったのかは忘れた。だけど、私はナウシカで宮崎駿作品のどこか薄暗く人間臭い世界に引き付けられた。だから、小学生だった頃、親に誕生日プレゼントで『風の谷のナウシカ』の漫画を全巻買ってもらったのを今でも覚えてる。そして、その漫画の内容は全くちんぷんかんぷんだったのに、その血みどろなひたすら暗い描写が、私の精神の奥底に響いたのを覚えている。

よくわからないけれど、私は人間世界の滅亡ぎりぎりで必死に生きている人間たちが蠢いている漫画ナウシカの世界観が嫌いじゃなかった。

そして、きっと、この漫画が宮崎駿という人間を一番忠実に表しているんじゃないかと、私は思う。

あとは、小学生にはいろんな意味で刺激的な『もののけ姫』。学校の友達がもののけ姫のクリアファイルを持っていたのを覚えている。あまり好きじゃなかった友達と社交辞令的に見に行った『千と千尋の神隠し』。映画を観た直後は全く面白くないと思っていたけれど、今では大好きな作品になった。そしてハウルに魅了された友達と見に行った『ハウルの動く城』。ポニョはなんとなく観に行かなかった。そして、『風立ちぬ』は乳幼児育児奮闘中に息抜きで夫と二人で観に行った。それが、私にとって全くピンと来なくて、初めて映画で「つまらない」って思って寝そうになった。そうやってなんとなく宮崎駿の存在は私から少しずつ少しずつ離れていった。

そして今回の『君達はどう生きるか』。

私は実は宮崎駿の世界観の魅力をしばらく忘れていた。

だけど、『君達はどう生きるか』で何故か、強烈に思い出した。

あの、宮崎駿独特の薄暗い生と死の狭間の世界観を。

それだけでも、私にとって忘れられない映画体験になったように思う。

 

アンデシュ・ハンセン著の『運動脳』

 

アンデシュ・ハンセンの『運動脳』を親戚に勧められて読んだ。

これは、読むべき著書だと思った。

特に精神的に不調を感じている人にとっては、これほど希望が湧いてくる情報はない。

運動が体にも心にもいいという事は周知の事実だけれども、それがなんでかという事を丁寧に丁寧に具体的な実例と長年にわたる研究と実験の結果から実証を提示して説明してくれる。

だから、「いくら運動が健康にいいって言ったって、時間ないしだるいしな~」みたいになかなか腰が重く行動に移れない人間を「運動せねば!」っていう気にさせてくれる。

結論としてこの著者が最も読者に伝えたかったことは「脳にとって一番いいことは運動」といういたってシンプルなことなのだけれど、その理由が「人間は動き回っていた狩猟採集民の原始時代から脳自体は変わっていないので、今の動かない生活スタイル(パソコン前に長時間じっとしている等)に脳が適応できていないから」ということみたいだ。

要するに脳は、人間の急激に変わってしまったほとんど動かなくてもよい生活スタイルにとまどっていて、本来の力を発揮できず、燻っている…とのこと。

人間は動き回るのが当たり前だった状態を忘れられないってことか。

だから、運動は決してスポーツ大会で活躍するとかだけの為にやるもんじゃなくて、脳のパフォーマンスを最大限引き出すためにも必要って訳らしい。

なんか、細かく専門用語を用いて色々と説明されていたけれど(海馬やら前頭葉が縮小するやら)まあ、こんな感じらしい。

要するに脳の最高のパフォーマンスを目指すのなら、今すぐ週に3回ぐらい30分程度の心拍数が上がる運動(ジョギングやウォーキング)をしない手はないよってことでした。

衝撃的だったのは抗うつ剤とかより、うつ病にはこのような運動習慣が効果があるってこと。

やっぱりお金が絡む情報(抗うつ剤を売るためのマーケティング)はあっという間にポジティブに広がっていくのね…としっかり情報リテラシーを身に着けておこうと思った。

 

とにかく、読んで損なし!の著書でした。

 

 

 

國分功一郎著の『暇と退屈の倫理学』

続いてこちらの著書『暇と退屈の倫理学』

実はこちらの著書は全く読む気はなかったのです。本当は本屋さんで吉野源三郎著の『君達はどう生きるか』を買おうとしていたのです(もちろんジブリの影響)。ですが、なぜか無くて(そんなことってある?)たまたま代わりに手に取ったのがこちらの著書でした。

ですが適当に手に取ったわけではなく、「國分功一郎」という名前に引かれたのです。なぜなら私は以前「100分で名著」というEテレの番組でスピノザの『エチカ』の回を観た時から、國分功一郎先生のちょっとしたファンだったからです。

いつか國分功一郎先生の著書を読んでみたいなぁと思っていたので、このタイミングで手に取ったのはまぁ全くの偶然ではないのでしょう。あと、本の帯にオードリーの若林がコメントしているのが意外過すぎたのと、「東大・京大で最も売れた」みたいなキャッチコピーも残念ながら購入を後押ししたのでしょう。

結果、読んでみて本当に良かったです。

もちろん、國分功一郎先生の個人的な思想が入った考えもあったのですべてを肯定的に受け入れれるってわけではないのですが、私にとってとても有意義な内容でした。

 

いやー是非、今の「何となく退屈」に何となく喘いでいる人に読んで欲しい。

こちらの本、著作名から「どうせ時間に余裕がある有閑階級の為の本だろ」と思うかもしれませんが、とんでもない。時間がないのに退屈っていう、現代に蔓延っているどうしようもない感覚に陥っている人の為の処方箋的役割もしっかり担っています。

 

とても個人的に興味深かったのは、前述した『運動脳』の著書の現代人に生じる問題の根本的な原因の終着点がほぼ同じ理由だったこと。

『暇と退屈の倫理学』では人間は「遊動生活」から「定住生活」に生活スタイルを変えざるを得なかったのが「暇と退屈」に悩まされる人間の歴史の始まりだと考察されている。

また、著書の中で紹介されていた以下のパスカルの言葉がとても印象的だった。

 

人間の不幸などというものは、どれも人間が部屋にじっとしていられないがために起こる。部屋でじっとしていればいいのに、そうできない。そのためにわざわざ自分で不幸を招いている。

 

(引用:『暇と退屈の倫理学』p.42)

 

そう、パスカルの言葉は『運動脳』と『暇と退屈の倫理学』を読んだ私からしたら、心から納得できる。

結局『運動脳』でも『暇と退屈の倫理学』でもそれぞれが論点としていた人間の生きづらさの根源的な原因は共通している。

「人間という生命体の仕組みは、まだ体も頭も忙しく動き回っていた原始人のまま」ってこと。急速な生活スタイルの変化についていけていない。だから、人間は色々試行錯誤しながら、なんとかその変化に適応しようとあっぷあっぷしている。

この思いがけない『運動脳』と『暇と退屈の倫理学』の共通点には感動した。

私がたまたま手に取る流れになった2つの著書の違う分野の著者の考察の一つの帰着点が同じ場所にあることはとても興味深いと思った。

 

『暇と退屈の倫理学』は結論としては、「人間の暇と退屈について本書での学びをきっかけとして理解して自分自身の立ち位置を知り対処できるようにすること」そして「楽しめることはしっかり楽しめるようにすること。そして楽しむという事は訓練しなければならないから地道に訓練すること」みたいなことだったと私はとらえている。

 

要するに「暇と退屈に関して自分の立ち位置について知って、様々なことを丁寧に味わう手段を獲得しながら楽しんで生きろやっ!そのためには時に動物的になること(一つの事にとらわれること)も必要なんだよね」ってことかなって(個人的超訳)

 

また、個人的に生物学者のユクスキュルの環世界と時間についての考えを知ることが出来ただけでも私にとってとても有意義だったので是非本書で確認して欲しい。

 

本著を読んでみて、國分功一郎さんは平和的でとても優しい考えの持ち主なんだなぁと感じた。やっぱり文章や思想はそれを生みだした人の人となりをしっかりと表すなぁとつくづく感じた。

哲学ってその傾向がより顕著に表れる気がする。哲学の概念はその概念をつくる人の目指す世界をとてもよく表していると思う。だから、自分の理想とする世界を目指すために他の哲学者の思想を引き合いに出したり、過激な場合、改ざんしてでも、自分の思想の正当性のためにこじつけたりするのだろう。

 

とにかくとても、私にとって大事な学びの一冊となった。本書は哲学的な知識がなくても面白い程すらすら読めるし、楽しい哲学的豆知識が散りばめられているので、是非多くの人に読んで欲しいと思った。

例え、読んでみて著者と相容れない考えを持ったとしても、それをきっかけとして自分の中の考えを深められるきっかけとなる良書だと思う。

 

 

 

 

まとめ

まぁ、こんな感じで私のこの夏に印象に残って覚えておきたい事は「君たちはどう生きるか(ジブリ映画)」「運動脳(アンデシュ・ハンセン著)」「暇と退屈の倫理学(國分功一郎著)」の3つにまとめることができた。

 

他にも色々あった気がするけれど、とにかくこの夏は本当にいい読書経験ができて良かった。

 

そして、久しぶりにブログに考えをまとめたら、本当に頭がすっきりした。こうやって文章化してみると、私の脳はずっと思考を文章化したがっていたことに気付く。

 

私は『運動脳』と『暇と退屈の倫理学』を読んで確信したことがある。人間というのは、自分の持っている能力が発揮されずにくすぶっていると辛い。そう、出来るはずのことが出来ないのはとてつもなく生きづらくなるのだ。だから、自分自身をちゃんと知ってあげて、自分自身の心の声を聴いてあげて、適したやり方でそのくすぶった欲望をどうにかして解放する手段を獲得していくことが、その人の「幸せ」に繋がるのだと。

そう考えるとアリストテレスの「そのものが一番幸福である状態とは、そのものが持つ固有の機能を十分に発揮しているときである」というのは言い得て妙だと思った。

スピノザも同じような事をいっていたような気がする。

人間は人間の活動の土台となる身体を快適な状態にしてこそ、精神面も含めた色んな活動が捗っていくのだと思った。

だから自分のやりたい事を思いっきりするためにも、体のコンディションに気を配ることはとても大切なのだろう。そしてそのためのヒントを『運動脳』は教えてくれる。

「体が資本」という事は子育てにおいても心に留めておく必要があると強く思う。

身心ともに、その子にとって適した状態になる環境を準備してあげることが、教育及び生活面で、押さえておくべき点なのだろう。

 

夏休みは終わったけれどまだまだこれからも続く子育て。しっかり子ども達の幸せの為に適切な知識で、行動して、働きかけていきたいと思った。

 

【合わせて読みたい】

 

www.hiekashi.com

 

www.hiekashi.com

 

www.hiekashi.com

 

 

【スポンサーリンク】