悩みすぎな私の子育てライフ

ある主婦の生存軌跡を残すメモ

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心のビビビ

心のビビビっ・・・・は道標だ。

 

心のビビビ?何かが自分の琴線に触れるってこと。

 

心のビビビを無視せずに従って道を進んでいくと、本当の自分が、本当に行きたい場所にいける。

 

心のビビビが、本当に行きたい場所へ連れて行ってくれる。

 

心のビビビは、今の自分が読み解くことのできる暗号をキャッチしたってことだ。

 

その暗号を辿っていくと、本当の自分が行くべき道が分かる。

 

心のビビビは大切なんだ。

 

けっして、蔑ろにしてはいけない。

 

何かに心を動かされるってことは、その何かに共鳴する心を自分が持っているって証拠。

 

その証拠を頼りに、自分が持っている心を自覚していけばいい。

 

そうしたら、きっと、本当の自分をもっと客観的に解像度高く理解できる。

 

理解するってことは、「愛すること」に繋がるから。

 

理解しようとする心行き、それ自体が「愛すること」だから。

 

自分をどんどん理解して、しっかり愛してあげる。本当の自分を。

 

心のビビビを蔑ろにすることなく、追求することが、本当の自分を大切にこの世界に実存させることに繋がると思うよ。

 

他人からの評価とか、見栄とか、誤った常識とか、そんな雑音に惑わされないように、しっかりと自分の心を見続ける事、向き合う事が「自分を生きる」ってことに繋がると思う。

 

「自分を生きる」ってことは、わがままでも、甘えでも、自分勝手でもない。

 

寧ろ逆で、結構大変だし、骨が折れる作業だと思う。

 

自分を無駄なくつかってあげることが、自分を救うことになるし、自分の周りも救うことに繋がると思う。

 

それは、自分の身体を労って、自分の体に必要なものを必要な分食べることと似ている。

 

暴飲暴食して体調を悪くして、結局嘔吐することは、食べ物も自分も無駄に消費してしまっているじゃないか。

 

「本当の自分」を雑に扱うってこういうことだと思う。

 

「本当の自分」を蔑ろにして、見ないふりをして、放置し続けることは、自分の秩序を形成することを放棄し続けてるってこと。自分の成長を邪魔してるってこと。

 

秩序は放置していると、どんどん少しずつ今の自分と合わなくなっていくから。

 

秩序が整ってないってことは、エネルギーの浪費に繋がるから。

 

秩序のエントロピー(乱雑さ)が大きいほど、エネルギー効率は下がると思うから。

 

だから、自分を大事にすること、自分を労わること、自分をケアすることは自分勝手な事じゃない。

 

自分を正しく愛してあげるってことは、本当に本当に大切なことだと思うよ。

 

愛するってことは、「肯定的に関心を持つ」ってことだと私は認識している。

 

今の自分を小まめに正しく理解するようにしないと、本来の自分を見誤る。時代錯誤につながる。いつまでも昔のままの自分を引きずってちゃ駄目だ。

 

今の自分をしっかり理解しようと努めなきゃね。今の自分を愛さなきゃ。自分を愛すために自分の時間をつくらなきゃ。

 

そのために、「心のビビビ」という道標が大切なんだと思う。

5年間積んできたブログ記事をざっくりまとめてみた

私が5年間、乳幼児の子育てをしながら今まで必死に書き積んできた記事。

自分の「その時その時」の「ありのままの思考の流れ」を忠実に文章化することを試みてきた軌跡たち。

もう埋もれてしまって全く日の目をみなくなってしまった記事たち。

今回ちゃんと見返してあげて、私なりに抜粋して記事をまとめてみた。

※項目ごとに時系列です。

■目次

 

 

 

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「密かな夢」を諦めれない大人に聴いてほしいよ。宇多田ヒカルの「Keep Tryin'」を。

宇多田ヒカルの歌「Keep Tryin'」

最近この歌にたまたま会って、聴いて、衝撃を受けた。

何でこんな素敵な曲をつくれるのだろう。「美しいもの」に触れて心が震えた。

 

これは、「諦めれない夢」を抱き続けて、歩き続ける大人への応援歌だ。

 

自分の心からやりたいこと、成したい事を、日常生活をこなしながら何とかやり遂げたい大人の為の応援歌だ。

 

最近本当に久しぶり(10年ぶりぐらい?)に聴いて、ハッキリと私にそう伝わった。

 

昔、確実に聞いた事のある曲なはずなのに、当時は心の横を通り過ぎた。だけど、今、まるで別の曲のように、私の心にクリティカルヒットした。

 

きっと、この曲を作った時の宇多田ヒカルの気持ちと私の今の気持ちが共鳴した。

 

そうでなきゃ、こんなにも私の心を震わすはずがない。

 

今聴くと、歌詞も全てきちんと意味を持っていることがわかる。

正直、「よく真意がわからないなぁ」・・・って歌詞も宇多田ヒカルにはあるのだけど、この歌の歌詞は、全て嘘のようにしっくりと理解できる。

 

この曲は当事者にしか分からない暗号で「今の私」に届けてくれた応援歌だ。

 

是非、大人になっても夢を持ち続けたい人、夢を諦めたくない人、今忙しい中もがきながら夢を持ち続ける事を頑張ってる大人に、しっかりと歌詞にも注目して聴いて欲しい。ホントに。以下歌詞の抜粋。

 

どうでもいいって顏しながら ずっとずっと祈っていた 無い物ねだり ちょっとやそっとで満足できない だからKeep Trying

 

挑戦者にのみ もらえるご褒美 欲しいの

 

どんな時でも 価値が変わらないのはただあなた

 

少年はいつまでも いつまでも片思い

 

これらの歌詞から私は「あーこの歌詞の対象はずっと憧れている夢の事だ」って直感で感じた。これは、私の勝手な憶測だけど、宇多田ヒカルは「自分の歌で表現したい世界」をどこまでもどこまでも諦めないって気持ちをこの歌に込めたんじゃないのかなあ。

 

遠い学生の頃、きっと誰もが抱いた事のある、熱く熱く何かに憧れた想い。

 

甲子園に行きたい。

コンクールで優勝したい。

楽器で理想の音を奏でたい。

素敵な絵を描きたい。

 

などなど、誰もが経験した事のある心が熱くなるような「自分の届きたい憧れ」に対する恋焦がれるような若い頃の想い。

 

大人になって、忙しい日々に埋もれて、そんな想いをしばらく放置していたとしても、いつだって、そんな想いを思い出して、夢に向かって歩いていい。

 

「挑戦することを続けよう」

 

Keep Trying

 

宇多田ヒカルの曲は、自分しか知らない自分の孤独の世界の中にすっと入り込んで、そっと寄り添ってくれる。決して押し付けがましくない。でも、しっかり応援してくれる。

 

本当に暗闇の中の光のような歌が多い。

 

心をすくいあげて、寄り添ってくれる。

 

この歌は、大人になっても「自分の求める憧れ」に向かって歩くことをを諦めたくない人への応援歌だ。

 

幾度となく押し寄せる、大人ならではの仕事の波にさらされながらも、「憧れ」に向かい続ける事を諦める事のできない大人の為の。熱い想いを抱きながら、でも、ポーカーフェイスで振る舞うしかない大人の為の。

 

心からの応援歌だ。

 

そう、大人になっても、自分の「憧れ」を目指してキラキラとときめく心は、ずーーーっと変わることはない。「憧れ」への気持ちだけは変わらない。自分が年を取って、肉体が変わっても、取り巻く環境が変わっても。

 

ある夏の授業中の教室で、蝉が鳴き響くなか、ぼんやりと、だだっ広い黄色いグラウンドを眺めていた自分。あの・・・無力な、あおい果実のような学生だった時に漠然と抱いた事のある「憧れへの想い」。それと、今持っている「想い」はきっと変わらない。

 

そして、ずっとずっと、実は大人になるまで、その「憧れ」に、心の片隅で片思いしてたんだ。学生の頃、熱い想いで何かに憧れたあの時の気持ちは、実は、息をひそめながらも、ひっそりと植物が地に這うように続いていたんだ。

 

どんなに情けない姿を晒そうが、どうしても諦めたくなかった、若い頃のあの時の「憧れ」。

その時はどうしても手の届かなかった、あの時の「憧れ」。

「憧れは」形を変えながら、でも根本は決して変わることのないままずっと確かに私の中にある。そして、私はずっと片思いしたままだ。

 

ずっとずっと片思いだ。

 

そして、きっとこれからも片思いし続けるのだろう。

 

「憧れ」は手が届かない遠い場所にある方がいい。そうしたら、ずっとそこに進んでいけるから。

 

もし、「憧れ」に届いたような気がしても、きっと、また別の遠い場所に憧れを見出すのだろう。

 

だから、夢見る少年はいつまでもいつまでも片思い・・・なのだと思う。

 

 


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